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クロノスとカイロスの意味 본문
クロノスとカイロスの意味
質問:
見える世界の中での自分の存在が、
見えない導きによって天的な存在として生きる自分は、
どのように理解されるべきか…
ずいぶん前、道を歩きながら深く考え込んだことがあります。
長老様、クロノスとカイロスについて教えてください。
質問ばかりで申し訳ありません。
回答:
カイロスとは、信仰の中、キリストにある信者に認識される神の時間といえます。
ですから、どのように説明しても一般の人に「キリストの内」を理解させることが不可能であるように、
カイロスも信者だけが、主との関係の中で認識できる、非時間的で垂直的な時間だと言えます。
言い換えれば、神の御心と目的が実現される時間といえるでしょう。
一方、クロノスとは、人間が認識する制限された水平的な時間(過去・現在・未来)です。
自然の変化に従って認識される時間です。
だから、神の国は「永遠の現在」と言われるのです。
神の国に接している垂直的な時間を、カイロスと見なすことができます。
信者は、この地上においてすでに神の国を生きているため、信仰の中で永遠を生きているのです。
自分自身を見ても何も変わっていないように思えても、
信者はすでに時間を超えた神の国へ移されていると信じます。
だから、天に属する姿をまとえる日を切望するのです。
私たちは肉体を脱ぐその瞬間、時間の世界から弾き出され、永遠を生きることになります。
私たちが生きるこの世の時間も、ただの被造物にすぎません。
たとえば、少し眠って多くの夢を見たとしても、目覚めると非常に短い時間だったと感じる経験があります。
私たちに訪れる御言葉の働きも、それと同じです。
主が注がれるだけ、壺に入れられるその啓示の内容を、世の尺度で測ることなどできるでしょうか。
使徒はその霊的世界をこう説明しています:
「私たちはこの宝を壺に持っている。それは、力の非常に大きいのは神にあり、私たちにはないことを知るためである。」
そして、その神の御心とは、
「イエスの死を私たちの体に背負わせることで、イエスの命も私たちの体に現れるようにする」
ということです。
その状態こそ、永遠を生きる信者の現在的救いです。
だから、1日が千年のようであり、千年が1日のような神の世界に侵入した者にとっては、
使徒が「キリスト・イエスとその十字架以外は知らない」と語った意味が理解できるでしょう。
自分の存在の始まりと完成が、十字架という永遠前の約束であることを知るのです。
すべての時間はその十字架で始まり、その十字架の中に吸い込まれました。
それが終末です。
その終末を私たちは今、生きており、永遠の国は信者にのみ開かれています。
まとめ
質問のクロノスとカイロスについて整理すると:
- 過去から現在へ、現在から未来へ流れる時間 → クロノス
- 永遠の未来から今私に与えられる時間 → カイロス
哲学や神学で語られる様々な時間論がありますが、多くは思弁に過ぎず、
「味わった者だけがわかる」というものです。
質問については、負担に思わないでください。
長老は皆さんの質問のために存在していますので、必要なときにはいつでも使っていただけます。