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(91) あなたがたはわたしの民となり、わたしはあなたがたの神となる。 본문

講解説教/ヨハネの黙示録

(91) あなたがたはわたしの民となり、わたしはあなたがたの神となる。

cocoa 2026. 3. 5. 14:30

 

 

 

(91) あなたがたはわたしの民となり、わたしはあなたがたの神となる。

 

 

(黙示録21:1-8)

21:1 わたしは新しい天と新しい地を見た。

以前の天と以前の地は消え去り、海もなくなった。

21:2 また、聖なる都、新しいエルサレムが、花嫁が夫のために飾ったように飾られて、神のもとから天から下って来るのを見た。

21:3 そのとき、私は玉座から大きな声が響き渡るの聞いた。

「見よ、神の1)住まいが人々とともにある。

神は彼らとともにおられ、彼らは神の民となる。

神ご自身が彼らと共におられ、2) 彼、『幕屋』、他の古代写本には節末に『彼らの神となられる』が追加されている

21:4 彼らの目からすべての涙をぬぐい去られる。もはや死もなく、悲しみも叫びも痛みもない。

以前のものはすべて消え去ったからである。」

21:5 そのとき、玉座に座っておられる方が言われた。

「見よ、わたしはすべてを新しくする。」また言われた。

「書き記せ。

この言葉は真実で、確かなものである。」

21:6 また、私に言われた。

「見よ、私はすべてを新しくする。

私はアルファでありオメガ、すなわち初めであり終わりである。

渇いている者には、私はいのちの水の泉をただで飲ませよう。

21:7 勝利を得る者は、これらのものを相続する。

私はその者の神となり、その者は私の子となる。

21:8 しかし、臆病な者、不忠実な者、忌むべき者、殺し屋、姦淫する者、魔術を行う者、偶像を拝む者、あらゆる偽り者たちの受ける分は、燃える硫黄の火の池である。

これが第二の死である。」

 

さて、私たちはヨハネの黙示録の結末部分に到達しました。

ヨハネの黙示録の結末であるだけでなく、聖書全体の結末であり、宇宙と歴史の結末でもある場面です。

最初の天と最初の地が消え去り、聖なる都、新しいエルサレムが天から降りてきて、神が新約聖書と旧約聖書を通して絶えず約束されてきた「あなたがたはわたしの民となり、わたしはあなたがたの神となる」という神の契約が最終的に完成する、この驚くべき光景が私たちの目の前に広がっています。

しかし、これらの節の詳細な内容分析に先立ち、まず押さえておくべき点があります。

それは「神の天地創造の目的」に関するものです。

ご覧の通り、この宇宙と歴史の結末は明らかに新しい天と新しい地であり、神の選びを受けた者たちが神の民、神の子となることで終わっています。

神はまさにこのような結末をもたらすために天地を創造されたのです。

そして人類の歴史はまさにその地点に向かって走っているのです。

今日は、このような神の結論が聖書を通してどのように実現されていくのかを考察することで、私たちがこの人生と歴史をどのような視点を持って生きるべきかについて考えてみましょう。

 

(創世記1:1)

1 初めに、神は天と地を創造された。

2 地は形なく、空虚で、闇が深淵の上にあり、神の霊が水の上を動いていた。

 

神は混沌と虚無と闇だけのある場所に、宇宙と自然と人間を創造されました。

そして東方にエデンという場所を創り、そこに人間を置かれました。

そこは罪のない場所であり、神と人間が愛の中で交わっていた場所でした。

人間は神に完全に依存し、従順に生きるだけで、そのような祝福された生活を永遠に送ることができました。

しかしそこに罪が入りました。

その罪の正体は「人間が絶対的な上位者であり最終的な権威者である神に依存し従う立場を蹴って立ち上がり、自らを人生の主人とし、自らを人生の最終的な権威者とし、自らの力で人生を生きてみようとする試み」でした。

それがまさに聖書が語る罪の定義です。

私はそれを、人間が本来神のもとで祝福を受け生きるよう意図されていた「従順と依存の命の原理」と比較して「力の原理」と呼びます。

そして聖書は、そのような「力の原理」で世を生きる人々を「罪人」と呼びます。

そしてその罪人たちは皆、「死」によって彼らの人生が結末を迎えることになっています。

ところが神は、人間が堕落した直後、そのように皆死へと落ちてしまわねばならない罪人たちの中から、創世以前に選び置いておられたある一群の人々に恵みを施し、そのように罪によって汚れて堕落してしまった以前の天と以前の地から救い出し、新しい天と新しい地へと移して神の子供として造り上げる働きを始められます。

それがまさに贖いの歴史です。

そして、その神の御民たちの贖いの物語が詳細に記されている書物が、まさに『聖書』なのです。

私がこのように時々「福音」について少し異なる観点からレビューをお伝えするのは、ここにはまだイエスを救い主として受け入れていない不信者が多くいらっしゃるからです。

ですから、神の最終目的はロボットのように強制的な従順をする者ではなく、自らの人格の中で神に降伏し依存する者、言い換えれば今や誰の誘惑にも絶対にはまり込まず堕落することのない絶対的従順と絶対的依存の神の民を創造し、 「神が備えられた新しい天と新しい地において、神が真の王となられ、神が選ばれた者たちが真の神の民となる永遠の神の国を築かれること」が神の最終目的なのです。

まさにその目的達成の場面が、今日の本文の中で描かれているのです。

では、この宇宙と歴史の存在目的は何でしょうか?

神の選ばれた者たちが歴史の中で人格的に神に説得され、神の民となって自発的に神に従順し、神のみに依り頼む者たちとして造られるために必要なものです。

それがまさに宇宙と歴史の存在目的なのです。

 

それでは、聖書の中で神は、その永遠の神の国の完成のために、どのように神の民を造り出されるのかを見ていきましょう。

神は旧約を通して、神の国がどのように完成されるかを繰り返し型として示されます。

その最初の型が『モーセ五書』です。

神は創世記において『種と地の準備を完了』される姿を示されます。

聖書における『種』『ツェラ』という言葉は『子孫、後裔、民』という意味です。

そして出エジプト記とレビ記と民数記を通して、種が完成する模範を示されます。

そして申命記を通して、地の完成を模範として示されます。

これについてより詳しく学びたい方は、ソン・ジェグン教授の『モーセ五書と旧約神学』という本を参照してください。

神は創世記において、神の民の象徴である「種」をどのように備えられたでしょうか。神はカルデヤのウルで偶像を作って売っていたアブラムという人物を訪ねられます。

そして彼と契約を結ばれます。

 

(創世記12:1-3)

1 主はアブラムに言われた。「あなたは、あなたの故郷、親族、父の家を離れて、わたしが示す地へ行きなさい。

2 わたしはあなたを大いなる国民とし、あなたを祝福し、あなたの名を大いなるものとする。あなたは祝福の源となる。

3 あなたを祝福する者をわたしは祝福し、あなたを呪う者をわたしは呪う。地上のすべての民は、あなたによって祝福を受けるであろう。

 

アブラハムを通して大きな国民を築き、神が備えられた地へ導き入れるという契約です。

創世記15章でその契約が再び繰り返されます。

 

(創15:1-6)

1 この後、主の言葉が幻の中でアブラムに臨み、言われた。「アブラムよ、恐れるな。わたしはあなたの盾、あなたの非常に大きな報いである。」

2 アブラムは言った。「主なる神よ、私に何を与えてくださるのですか。私は子もなく、私の相続人はこのダマスコのエリエゼルです。」

3 アブラムはまた言った。「あなたは私に子を与えてくださいませんでした。私の家で育てられた者が私の後継者となるでしょう。」

4 主の言葉が彼に臨んで言われた。「その者はあなたの後継者ではない。あなたの身から生まれる者があなたの後継者となる。」

5 主は彼を外に連れ出し、言われた。「天を見上げよ。星を数えることができるか。見よ、あなたの子孫はこのようになる。」

6 アブラムは主を信じた。主はこれを彼の義と認められた。

 

神はアブラムに「子」を与えると約束され、その「子」が天の星のように多くなると言われました。

そして神は、アブラハムとその子孫がカナンの地に入り、彼らが神の民となり、神が彼らの王となるという約束を、どのように果たされるか。すなわち、犠牲の動物を裂き、その裂かれた肉の間に神が独り通り過ぎられることによって、その契約が神の自ら裂かれることで成就することを暗示された。

また、アブラハムの子孫がエジプトで400年間奴隷となることを預言されます。

アブラハムの子孫は、そこで巨大な民族となり、神が選ばれた地カナンに入植する神の民として備えられなければならないからです。

神は創世記17章で、ご自身が備えられた地においてアブラハムの子孫の神となられることを改めて宣言されます。

私が今、創世記から順に振り返っているのは、今日の本文の結論が創世記からこのように約束されていることをご認識いただくためです。

歴史の始まりと終わりをよく確認してください。

なぜこの歴史は存在し、その歴史の中でのあなた方の人生はなぜ存在するのかをよく整理してくださいという意味で、今、歴史の初めから終わりまで振り返っているのです。

歴史はこうして一つの目的に向かって流れていくのだということです。

 

(創世記17:2-8)

2 わたしは、わたしとあなたとの間にわたしの契約を立てて、あなたを大いに増やす。

3 アブラムがひれ伏すと、神は彼に言われた。

4 わたしはあなたと契約を結ぶ。あなたは諸国の父となる。

5 今から後は、あなたの名をアブラムとは呼ばず、アブラハムと呼ぶ。わたしはあなたを諸国の父とするからである。

6 わたしはあなたを大いに繁栄させ、国々があなたに属し、王たちがあなたから出る。

7 わたしがわたしとあなたとあなたの子孫との間に永遠の契約を立てて、あなたとあなたの子孫の神となる。

8 わたしはあなたとあなたの子孫に、あなたが住んでいるこの地、すなわちカナン全土を与え、永遠の所有地とする。わたしは彼らの神となる。

 

神は引き続き、アブラハムとその子孫が神の民となり、神が彼らの神となるという約束をアブラハムに与えます。

そして、アブラハムの最初の子孫であるイサクに目を向けます。

ところが、このイサクという人物は、人間の生殖能力では到底生まれ得ない状況で誕生します。

これは、アブラハムの子孫、すなわち神の民は、人間の生殖能力ではなく、神の恵みによってのみ生まれることを暗示しています。

ですから創世記21章12節を見ると、神はそうして神の恵みによって生まれたイサクの子孫だけがアブラハムの子孫だと語っておられるのです。

そしてヨセフをまずエジプトに送り込み、続いてヤコブの十二人の息子と家族七十人をエジプトに送り込みます。

そして神の預言通り、400年間エジプトで奴隷として働かせ、そこでアブラハムの「子孫」である神の民を準備させられたのです。

これが創世記の本質です。

そして神はモーセという仲介者を通して、そうして準備された民をエジプトから導き出されます。

もちろんモーセは、私たちの唯一の仲介者であるイエス・キリストを象徴する人物です。

神は神の民をエジプトから連れ出される際、神の民が神の契約の中で守るべき掟を与えます。

神の選ばれた民は、王であるその方が命じられる掟をすべて守らねばならなかったからです。

それがまさにシナイ山の契約です。

 

(出19:3-8)

3 モーセが神の御前に上ると、主は山から彼を呼び、言われた。「あなたはこうしてヤコブの家、イスラエルの子孫に告げなさい。

4 わたしがエジプト人に対してどのように行い、鷲の翼であなたがたを運び、わたしのもとに導いたかを、あなたがたは見た。

5 全地はわたしのものである。もしあなたがたがわたしの声に聞き従い、わたしの契約を守るなら、あなたがたは諸国の民の中でわたしの所有となる。

6 あなたがたはわたしに対して祭司の国民となり、聖なる民となる。この言葉をイスラエルの子らに告げよ。

7 モーセは来て、民の長老たちを呼び集め、主が彼に命じられたすべての言葉を彼らの前で述べた。

8 民は一斉に答えて言った。「主が命じられたとおり、私たちはすべて行います。」モーセは民の言葉を主に報告した。

 

神は『あなたがたがわたしの言葉をよく聞き、よく守るなら、あなたがたはわたしの民となり、わたしはあなたがたの神となる』と言われた。

モーセがその言葉をイスラエルの民に伝えると、イスラエルの民は『主が命じられたとおり、私たちはすべて行います』と答えた。

神の契約の中で、物事が順調に進んでいるでしょう?

まるで神がエデンの園でアダムを創造し、アダムに「善悪の知識の木の実を食べてはならない。

そうすれば、あなたは永遠に祝福を受け、幸せに生きられるだろう」と命じられる場面を見ているようではありませんか?

しかし、皆さんもご存知のように、アダムはその約束を守り通せませんでした。

彼は罪のない者であったにもかかわらず、神の命令に背いたのです。

ましてや、すでに罪人となってしまった堕落した人間たちはどうだったでしょうか?堕落した人間たちは、決してその王である神の定めを守り通すことはできませんでした。

しかし、皆さんが神の契約の内容をご覧になればお分かりのように、そうなると人間たちは神の民となることはできません。

そして神も彼らの神となられることはできません。

それは神の約束だからです。

神は決して神の約束を翻すことはできません。

皆さんが今ご覧になった出エジプト記19章から24章までの内容を見ると、古代近東における契約締結に必ず必要な手続きが詳細に記されています。

神がイスラエルと契約を結ばれる様子をこのように具体的に契約締結手続きとして描写されているのは、神の契約が決して変更できないことを示すためです。

 

古代近東における契約締結に必要な内容と手続きは次の通りです。

まず、契約当事者たちの歴史的関連性がなければなりません。

4節には「わたしこそが、エジプトからあなたたちを導き出した神である」と語られています。

これこそが契約当事者である神とイスラエルの歴史的関連性です。

次に、契約当事者の関係性の明確化が必要です。

それが19章5節と6節です。

三つ目は、その契約の仲介者が必要です。

それが7節と8節です。

そこに仲介者としてモーセが登場しますね?

第四に、仲介者による契約当事者の対面です。

それが19章9節から25節までの内容です。

イスラエルと神が出会うのです。

こうして契約当事者が出会うと、そこで契約条件が与えられます。

それがまさに出エジプト記20章、十戒です。

その後、契約批准の儀式が必要です。

契約が結ばれる儀式です。

それが24章3節から8節までの内容です。

6節からだけ読んでみましょうか?

 

(出24:6-8)

6 モーセは血を取り、半分はいくつかの鉢に入れ、半分は祭壇に振りかけ、契約の書を取り出して民に読み聞かせた。すると民は言った。「主のすべての言葉に従い行います。」

8 モーセはその血を取って民に振りかけ、言った。「これは、主がこれらのすべての言葉について、あなたがたと結ばれた契約の血である。」

 

このように契約批准の儀式が行われ、最後に契約締結の祝宴が開かれるのです。

出エジプト記24章9節以下を見ると、モーセと民の代表である七十人の長老が神と共に食べ飲みする場面が出てきますね?このように、神の契約条件を人間たちが守り抜くだけで、そのカナンの地は永遠の宴が続く契約の地となり得たのです。

ところが、神とイスラエルがこのように契約を結んだにもかかわらず、モーセがその神の契約条件である十戒を受け取るためにシナイ山に登っている間に、下では別の契約締結の宴が開かれていました。

よく見ると、まったく同じ契約締結の手順がもう一度繰り返されていることがわかります。

 

(出エジプト記32:4-6)

4 アーロンは彼らの手からその輪を受け取り、鋳造して角を刻み、子牛の像を作った。人々は言った。「イスラエルよ、これがあなたたちをエジプトの地から導き出したあなたの神である。」

(少し前の出エジプト記19章で、神がイスラエルと契約を結ばれる時、「わたしがあなたがたをエジプトから救い出した主である」と語られ、契約当事者の歴史的関連性を確認された部分がありましたね?ところがイスラエルは金の子牛を作り、その子牛が自分たちをエジプトから救い出した神だと、とんでもないものと歴史的関連性を結びつけているのです。

言い換えれば、今イスラエルは神との条約が締結されるやいなや、別の偶像と契約を結んでいるのです。

二つの当事者が契約を結ぶために既に面会しています。

(金の牛とイスラエルの民)

5 アロンはそれを見て、その前に祭壇を築き、これを告げて言った。「明日は主の祭日である」と。

(ここでも契約当事者間の仲介者が登場します。

誰でしょうか?アロンです)

6 翌朝、彼らは早く起きて全焼の献げ物と和解の献げ物をささげ、座って飲食し、起きて踊り狂った。

(人々は金の子牛に神にささげるべき犠牲を捧げているのです。

19章で神との契約締結の場面でも血が注がれましたね?契約が結ばれたのです。

そして契約締結の祝宴が行われています)

 

神との契約を締結した神の民が、神との契約締結の現場でまったく同じ手順を経て、偶像である金の牛像と再び契約を結んでいるのです。

なぜなら、神との契約では自分たちが神の下に入り従順でなければならない負担があるからです。

従順とへりくだりと自己否定と自己放棄は、罪人が最も嫌うものだからです。

しかし、語ることのできない金の子牛との契約条件は、自分たちが望む通りに持ち寄って貼り付ければよいので

人間は偶像を選ぶのです。

そうして堕落した人間は、決して神に従い、神に頼ろうとはしません。

自分の利益のために、神を力と手段と方法としてだけ使いたいのです。

イスラエルが神との契約締結の現場で、どのように偶像を作るのか見てみましょうか?

 

(出エジプト記32:1)

1 民は、モーセが山から下るのに遅れているのを見て、集まってアロンに言った。「さあ、私たちを導く神を私たちのために造ってください。このモーセ、すなわち私たちをエジプトの地から導き出した人は、どうなったのかわからないのですから。」

 

ここに偶像の正体が正確に現れていますね?「私たちのために私たちを導く神」つまり「私のための神」それがまさに偶像の正体です。

もしあなたが礼拝堂に来て、自分の願いを聞いてくれたり、自分の問題を解決してくれるような神を求めているなら、あなたは今、偶像を礼拝している人であり、神を礼拝している人ではありません。

あなたがたが確かに知っておくべきことがあります。

神がご自身の民を作ることは、神がご自身の名のために生きる者たちのもとに訪れ、神の名のために生きる者たちとして作り出す作業です。

 

(エペソ1:4-6)

4 すなわち、創世の以前、キリストのうちにあって、私たちを選び、愛のうちに御自身の御前に聖く、傷のない者とするために、

5 御心のままに私たちを定め、イエス・キリストによって御自身の子供とするためであり、

6 これは、御自身の愛する者において、私たちに賜られた恵みの栄光を賛美させるためです。

 

しかし、依然として自分の誇りと自分の力のために生きている人は、まだ神の民ではない可能性が高いのです。

神は、あなたがたの名をこの地で高くするために働いている方ではありません。

 

(詩23:3)

3 私の魂を生き返らせ、御名のゆえに義の道に導かれる。

(イザ43:7)

7 わたしの名によって呼ばれる者、すなわち、わたしの栄光のために創造した者を、みな来させよ。わたしは彼らを造り、彼らを立てたのだ。

(エゼキエル39:25)

25 それゆえ、わたし、主なる神は言う。わたしは今、わたしの聖なる名のために熱心に働き、ヤコブの捕らわれ人を帰らせ、イスラエルのすべての氏族に憐れみを施す。

 

神は、そのように自分たちの名のために偶像を作り、「これが私たちをエジプトから救い出した神だ」と呼んで仕えていた者たちを、荒野で皆殺しにされました。

そして新しい民60万人を、ヨシュアという人を先頭に立ててカナンへ送り込みました。

こうして神が備えられたカナン地に、神が導き出された神の民が入って行きます。

こうして種と地が備えられたその場所に、何を加えれば神の国となるのでしょうか。

王さえいれば神の国になるのでしょうか。なぜヨシュアがカナンの地に入った後、死に際に後継者を指名しなかったか、ご存知ですか。今やこの地とこの民は、神を王として迎え、神の国とならなければならないからです。

しかし、そのイスラエルの民はどうしたでしょうか。

 

(士師記21:25)

25 そのとき、イスラエルには王がなかった。人々は、それぞれ自分の正しいと思うことを行っていた。

 

神がこのようにイスラエルを導き、神が備えられた地に置かれたのに、彼らは神の支配を拒んだのです。

それがまさに、自分の名のために、自分の誇りのために、自分の力を積むために生きる堕落した人間の姿です。

神はそのような者たちに怒られます。

 

(エレミヤ7:23-26)

23 しかし、わたしは彼らにこう命じて言った。『わたしの声に聞き従え。そうすれば、わたしはあなたがたの神となり、あなたがたはわたしの民となる。わたしの命じるすべての道に従って歩め。そうすれば、あなたがたは祝福を受ける。』

24 彼らは聞き入れず、耳を傾けず、悪しき心の思いと頑ななままに行動し、背を私に向け、顔を向けようとしなかった。

25 あなたがたの先祖がエジプトの地から出てきた日から今日まで、私は私のしもべである預言者たちを、絶え間なくあなたがたに遣わしてきた。

26 あなたがたはわたしに従わず、耳を傾けず、首を固くして、あなたがたの先祖よりもさらに悪を行った。

 

神は、神を王として扱わず、神の言葉に従わず、ただ自分たちの名のために生きる者たちに対しては、敵の攻撃を許されます。

神を王として扱わないため、神は彼らの王として彼らのために戦ってくださらないのです。

しかし神は確かにアブラハムと契約を結ばれました。

あなたの子孫は天の星のように、海の砂のように多くなり、彼らに約束の地を与えると明確に契約されたのですから、神はその契約を破ることはできません。

では、こんな疑問が浮かぶでしょう?

「ではなぜ神は、そのアブラハムの子孫たちを荒野で皆殺しにし、カナン地でもご自身の民を敵の手にかけられ、無力に死なせたのか?それは神ご自身が契約を破られたのではないのか?」このような疑問は抱かれませんか?いいえ。

神はすでに、人間たちがそのように神の言葉を聞き従わず、従わないことを知っておられました。

では、神がアブラハムにされた契約「あなたの子孫を天の星のように、海の砂のように多くする」というその契約はどうなったのでしょうか?

 

(ガラテヤ3:15-16)

15 兄弟たちよ、人の例で言えば、人の契約も、一度定められた後は、誰もそれを破棄したり、追加したりすることはできません。

16 この約束は、アブラハムとその子孫に対してなされたものです。神は「子孫たち」とは複数形で言わず、「あなたの子孫」と単数形で言われました。それはキリストを指すのです。

 

天の星よりも海の砂よりも多いアブラハムの子孫とは誰でしょうか。まさにイエス・キリストお一人です。

他の人々は神との契約条項を絶対に守り通すことができないため、誰もその「子孫」の中に入ることはできません。

それゆえ神は、イエスという「種」の中に、創世以前にお選びになった御自身の民をすべて収め、イエスお一人を救われるのです。

ですから「あなたがたはわたしの民となり、わたしはあなたがたの神となる」という神の契約において、民とは誰でしょうか?イエス様お一人だけが神の民です。

その方だけが神の契約条件をすべて果たすことのできる方だからです。

そしてその唯一の神の民の中に入った選ばれた者たちが皆、神の前で「イエス」として立つようになるのです。

それがまさに「新しい契約」なのです。

皆様がよく知っておくべきことは、「新しい契約」とは、古い契約が失敗したために別の新しい契約が登場したという意味での「新しい契約」ではなく、その「古い契約」の真意が明らかになったという意味での「新しい契約」であるということです。

神は初めから人間たちに期待を置いていませんでした。

創世記の時から、神はその民をイエス・キリストの中で救うと決めておられました。

 

(創世記3:15)

15 わたしは、あなたと女とを敵対させ、あなたの子孫と女の子孫とを敵対させる。女の子孫はあなたの頭を砕き、あなたは彼の踵を噛むであろう。

ここで「女の子孫」と訳されているその言葉も「ツェラ」「種」なのです。

神はただイエス・キリストというその『種』だけが悪魔を踏みつけ勝利し、その『種』の中に入っている者たちが皆勝利者となるという約束を創世記3章ですでにされているのです。

ですから旧約のすべての出来事と旧約のすべての歴史は、神のその新しい契約がなぜ必然的であるかを示しているのです。

その全体の内容をエゼキエル書36章がこのように要約しています。

 

(エゼキエル36:22-28)

22 それゆえ、あなたはイスラエルの民に告げよ。主なる神の言葉。イスラエルの民よ、わたしがこのように行なうのは、あなたがたのためではなく、あなたがたが入った諸国で汚されたわたしの聖なる名のためである。

23 諸国の中で汚された名、すなわちあなたがたが彼らの間で汚したわたしの大いなる名を、わたしは聖なるものとする。わたしは彼らの目の前で、あなたがたによってわたしの聖さを現す。諸国の民がわたしを主と知るようになる。主なる神の言である。

24 わたしはあなたがたを諸国の中から取り出し、諸国の中から集めて、故郷の地に連れ入る。

25 きれいな水であなたがたに注ぎかけて、あなたがたを清める。すなわち、あなたがたのすべての汚れと、すべての偶像の礼拝から、あなたがたを清める。

26 また、あなたがたのうちに新しい霊を与え、あなたがたに新しい心を与える。あなたがたの肉から、頑なな心を取り除き、柔かな心を与える。

27 また、わたしの霊をあなたがたのうちに置き、あなたがたがわたしの定めを行うようにする。あなたがたはわたしの掟を守って行う。

28 わたしはあなたがたの先祖に与えた地にあなたがたを住まわせ、わたしはあなたがたの神となり、あなたがたはわたしの民となる。

 

この贖いの歴史を、あなたがたが自らの人生で生き抜くことです。

あなたがたは、自らの人生を通して「私は本当に無力で、汚れて醜い者だ」と悟るのです。決して自分の力では「あなたがたはわたしの民となり、わたしはあなたがたの神となる」という神の契約の恵みを受けることのできない者であり、それにもかかわらず、そのように無力な私を、真に唯一なる「種」「子孫」 神の唯一の民」であるイエス・キリストの中に置かれ、神の民とされ、あの永遠の新しい天と新しい地へと導かれ、神の契約の中に入れられたその神だけを賛美するようになるのです。

そして、これまでそれほど尊び愛してきた力を追い求めていた古い人、肉、そしてその汚れた肉が吐き出した世界史そのものを否定し、憎むようになるのです。

 

(エゼキエル36:29-32)

29 わたしはあなたがたをあらゆる汚れから救い出し、穀物で豊かにして、飢饉があなたがたに臨むことがないようにする。

30 また、木の果実と畑の産物を豊かにして、あなたがたが再び飢饉の恥を諸国から受けることがないようにする。

31 そのとき、あなたがたは自分の悪い道と、自分の悪しき行いを思い出し、すべての罪と憎むべき事のゆえに、自らを憎むようになる。

32 主なる神は言う。わたしがこのように行っても、それはあなたがたのためではないことを、あなたがたは知るであろう。イスラエルの家よ、あなたがたの行いのゆえに恥じ入り、嘆き悲しめ。

 

私たちは救われた後、福音によって暴かれる歴史の中に浸っている汚れた古い人を憎み捨て、新しい体と新しい世界を期待し希望するようになるのです。

天国とは、このように今まで自分の力だと思っていた神以外のすべてを否定し憎み、ただ神のみを頼り神のみに従う人々が集まって住む場所、その場所を天国と呼ぶのです。

今日の本文はまさにその天国が完成する場面なのです。

ですから、そこには賛美だけがあるのです。

さて、私たちの人生の目的が何であるか、お分かりでしょうか?私たちがそれほど期待していた人類の歴史が、どのように結論づけられるか、お分かりでしょうか?

それでは、皆さんの今日をどのように生きていかれますか?

 

 

 

(91) 너희는 나의 백성이 되고 나는 너의 하나님이 되리라

 

 

(계21:1-8)

21:1 나는 새 하늘과 새 땅을 보았습니다.

이전의 하늘과 이전의 땅이 사라지고, 바다도 없어졌습니다.

21:2 나는 또 거룩한 도성 새 예루살렘이, 남편을 위하여 단장한 신부와 같이 차리고, 하나님께로부터 하늘에서 내려오는 것을 보았습니다.

21:3 그 때에 나는 보좌에서 큰 음성이 울려 나오는 것을 들었습니다.

"보아라, 하나님의 1)집이 사람들 가운데 있다.

하나님이 그들과 함께 계실 것이요, 그들은 하나님의 백성이 될 것이다.

하나님이 친히 그들과 함께 계시고,2) 그, '장막',다른 고대 사본들은 절 끝에 '그들의 하나님이 되실 것이다'가 첨가되어 있음

21:4 그들의 눈에서 모든 눈물을 닦아 주실 것이니, 다시는 죽음이 없고, 슬픔도 울부짖음도 고통도 없을 것이다.

이전 것들이 다 사라져 버렸기 때문이다."

21:5 그 때에 보좌에 앉으신 분이 말씀하셨습니다.

"보아라, 내가 모든 것을 새롭게 한다." 또 말씀하셨습니다.

"기록하여라.

이 말은 신실하고 참되다."

21:6 또 나에게 말씀하셨습니다.

"다 이루었다.

나는 알파며 오메가, 곧 처음이며 마지막이다.

목마른 사람에게는 내가 생명수 샘물을 거저 마시게 하겠다.

21:7 이기는 사람은 이것들을 상속받을 것이다.

나는 그의 하나님이 되고, 그는 내 자녀가 될 것이다.

21:8 그러나 비겁한 자들과 신실하지 못한 자들과 가증한 자들과 살인자들과 음행하는 자들과 마술쟁이들과 우상 숭배자들과 모든 거짓말쟁이들이 차지할 몫은, 불과 유황이 타오르는 바다뿐이다.

이것이 둘째 사망이다."

 

이제 우리는 요한 계시록의 결론 부분에 당도했습니다.

요한 계시록의 결론일 뿐 아니라 성경 전체의 결론이며 우주와 역사의 결론이기도 한 장면입니다.

처음 하늘과 처음 땅이 없어지고 거룩한 성 새 예루살렘이 하늘로부터 내려오고 하나님께서 신구약 성경을 통해 계속해서 약속하셨던 ‘너희는 나의 백성이 되고 나는 너의 하나님이 되리라’는 하나님의 언약이 최종적으로 완성이 되는 엄청난 장면이 우리 눈앞에 펼쳐지고 있습니다.

그러나 이 구절들의 자세한 내용분석에 앞서 먼저 짚고 넘어가야 할 부분이 있습니다.

바로 ‘하나님의 천지 창조의 목적’에 관한 것입니다.

여러분이 보시다시피 분명 이 우주와 역사의 결론은 새 하늘과 새 땅이며 하나님의 선택을 받은 자들이 하나님의 백성, 하나님의 자녀가 되는 것으로 끝이 나고 있습니다.

하나님은 바로 이러한 결론을 이끌어 내시기 위해 천지를 창조하신 것입니다.

그리고 인류의 역사는 바로 그 지점을 향해 달려가고 있는 것입니다.

오늘은 이러한 하나님의 결론이 성경을 통해 어떻게 이루어져 가고 있는지 살펴봄으로써 우리가 이 인생과 역사를 어떠한 관점을 가지고 살아가야 하는지에 대해 고찰해 보도록 하겠습니다.

 

(창1:1)

1 태초에 하나님이 천지를 창조하시니라

2 땅이 혼돈하고 공허하며 흑암이 깊음 위에 있고 하나님의 신은 수면에 운행하시니라

 

하나님께서 혼돈과 공허와 흑암 뿐인 곳에 우주와 자연과 인간을 창조하셨습니다.

그리고는 동방에 에덴이라는 곳을 창설하시고 그 곳에 인간을 두셨습니다.

그 곳은 죄가 없는 곳이었고 하나님과 인간이 사랑 속에서 교류하던 곳이었습니다.

인간은 하나님께 전적으로 의존하고 순종하면서 살기만 하면 그러한 복된 삶을 영원히 살 수 있었습니다.

그런데 그 곳에 죄가 들어왔습니다.

그 곳에 들어 온 그 죄의 정체는 ‘인간이 절대 상위자요, 최종 권위자이신 하나님께 의존하고 순종하는 자리를 박차고 일어나서 자기가 자기 인생의 주인이 되어 스스로 자기 인생의 최종 권위자가 되어, 자기 자신의 힘으로 인생을 살아보겠다는 시도’였습니다.

그 것이 바로 성경이 이야기하고 있는 죄의 정의입니다.

그 것을 저는 인간의 원래 하나님 아래에서 복을 받고 살도록 의도되었던 ‘순종과 의존의 삶의 원리’와 비교해서 ‘힘의 원리’라고 부릅니다.

그리고 성경은 그러한 ‘힘의 원리‘로 세상을 사는 사람들을 ’죄인‘이라고 부릅니다.

그리고 그 죄인들은 모두 ’사망‘으로 그들의 인생이 결론이 나게 되어 있습니다.

그런데 하나님은 인간이 타락한 즉시 그렇게 모두 사망으로 떨어져 버려야 할 죄인들 중에 창세전에 택해 놓으신 어떤 한 무리의 사람들에게 은혜를 베푸셔서 그렇게 죄로 인해 더럽게 타락해 버린 이전 하늘과 이전 땅에서 건져내셔서 새 하늘과 새 땅에 집어넣어 하나님의 자녀로 만들어 내시는 일을 시작하십니다.

그게 바로 구속사입니다.

그리고 그 하나님의 자기 백성들의 구속의 이야기가 자세하게 적혀 있는 책이 바로 ‘성경’인 것입니다.

제가 이렇게 가끔씩 ‘복음’에 대해 조금씩 다른 관점에서 review를 해 드리는 이유는 이곳에는 아직까지 예수를 구주로 영접하지 않은 불신자들이 많이 계시기 때문입니다.

그러니까 하나님의 최종 목적은 로봇처럼 강제적인 순종을 하는 자가 아닌, 자신의 인격 안에서 하나님께 항복하고 의존하는 자, 다른 말로 이제는 누구의 유혹에도 절대 넘어가지 않으며 타락할 수 없는 절대 순종과 절대 의존의 하나님의 백성을 창조하셔서 ‘하나님이 준비하신 새 하늘과 새 땅에서 하나님이 진정한 왕이 되시고 그분이 택하신 자들이 진정한 그 분의 백성들이 되는 영원한 하나님 나라를 세우시는 것’이 하나님의 최종 목적이신 것입니다.

바로 그 목적의 성취의 장면이 오늘 본문 속에서 그려지고 있는 것입니다.

그러니까 이 우주와 역사의 존재 목적이 뭐라고요?

하나님의 택한 자들이 역사 속에서 인격적으로 하나님께 설복 당해서 하나님의 백성이 되어 자발적으로 하나님께 순종하고 하나님만 의지하는 자들로 지어지는 데 필요한 것입니다.

그 것이 바로 우주와 역사의 존재 목적인 것입니다.

 

그러면 성경 속에서 하나님은 그 영원한 하나님 나라의 완성을 위해 어떻게 하나님의 백성을 만들어 내시는지를 보도록 하겠습니다.

하나님은 구약을 통해 하나님 나라가 어떻게 완성이 될 것인지를 반복해서 모형으로 보여 주십니다.

그 첫 번째 모형이 ‘모세 오경’입니다.

하나님은 창세기에서 ‘씨와 땅의 준비를 완료’하시는 모습을 보여 주십니다.

성경에서 ‘씨’‘제라’라는 단어는 ‘자손, 후손, 백성’이라는 뜻입니다.

그리고 출애굽기와 레위기와 민수기를 통해 씨의 완성의 모형을 보여주십니다.

그리고 신명기를 통해 땅의 완성을 모형으로 보여주십니다.

여기에 대해 더 자세하게 공부하고 싶으신 분은 송제근 교수의 ‘모세 오경과 구약 신학‘이라는 책을 참조하세요.

하나님께서 창세기에서 하나님의 백성의 상징인 ‘씨’를 어떻게 준비하시지요? 하나님은 갈대아 우르에서 우상이나 만들어서 팔아먹고 있던 아브람이라는 사람을 찾아가십니다.

그리고 그에게 언약을 하십니다.

 

(창12:1-3)

1 여호와께서 아브람에게 이르시되 너는 너의 본토 친척 아비 집을 떠나 내가 네게 지시할 땅으로 가라

2 내가 너로 큰 민족을 이루고 네게 복을 주어 네 이름을 창대케 하리니 너는 복의 근원이 될지라

3 너를 축복하는 자에게는 내가 복을 내리고 너를 저주하는 자에게는 내가 저주하리니 땅의 모든 족속이 너를 인하여 복을 얻을 것이니라 하신지라

 

아브라함으로 말미암아 큰 민족을 이루어서 하나님이 준비하신 땅으로 데리고 들어가시겠다는 언약입니다.

창세기 15장에서 그 언약이 다시 한 번 반복이 됩니다.

 

(창15:1-6)

1 이 후에 여호와의 말씀이 이상 중에 아브람에게 임하여 가라사대 아브람아 두려워 말라 나는 너의 방패요 너의 지극히 큰 상급이니라

2 아브람이 가로되 주 여호와여 무엇을 내게 주시려나이까 나는 무자하오니 나의 상속자는 이 다메섹 엘리에셀이니이다

3 아브람이 또 가로되 주께서 내게 씨를 아니주셨으니 내 집에서 길리운 자가 나의 후사가 될 것이니이다

4 여호와의 말씀이 그에게 임하여 가라사대 그 사람은 너의 후사가 아니라 네 몸에서 날 자가 네 후사가 되리라 하시고

5 그를 이끌고 밖으로 나가 가라사대 하늘을 우러러 뭇별을 셀 수 있나 보라 또 그에게 이르시되 네 자손이 이와 같으리라

6 아브람이 여호와를 믿으니 여호와께서 이를 그의 의로 여기시고

 

하나님께서 아브람에게 ‘씨’를 주실 것인데 그 ‘씨’가 하늘의 별처럼 많게 될 것이라고 하십니다.

그리고 하나님은 아브라함과 그의 후손들이 가나안 땅에 들어가 그들이 하나님의 백성이 되고 하나님이 그들의 왕이 될 것이라는 그 약속을 어떻게 하시는가 하면, 제물을 쪼개 놓으시고 그 쪼갠 고기 사이로 하나님이 홀로 지나가심으로써 그 언약은 하나님의 자해로 이루어질 것임을 암시하십니다.

그리고 아브라함의 후손들이 애굽에서 400년간 종살이를 할 것임을 예언하십니다.

아브라함의 자손들은 그 곳에서 거대한 민족이 되어서 하나님의 택하신 땅, 가나안으로 입성을 하게 되는 하나님의 백성들로 준비되어야 하기 때문인 것입니다.

하나님은 창세기 17장에서 당신께서 당신이 준비하신 땅에서 아브라함의 자손들의 하나님이 되실 것임을 또 다시 천명하십니다.

제가 지금 창세기부터 훑어 내려오고 있는 것은 오늘 본문의 결론이 창세기부터 이렇게 약속되어지고 있다는 것을 주지시켜드리고 있는 것입니다.

역사의 시작과 끝을 잘 확인하시라는 것입니다.

왜 이 역사는 존재하며 그 역사 속에서의 여러분의 인생은 왜 존재하게 되었는가를 잘 정리하시라는 의미에서 지금 역사의 처음부터 끝까지 훑어 내려가고 있는 것입니다.

역사는 이렇게 어떤 한 가지의 목적을 향해 흘러가고 있는 거라는 것이지요.

 

(창17:2-8)

2 내가 내 언약을 나와 너 사이에 세워 너로 심히 번성케 하리라 하시니

3 아브람이 엎드린대 하나님이 또 그에게 일러 가라사대

4 내가 너와 내 언약을 세우니 너는 열국의 아비가 될지라

5 이제 후로는 네 이름을 아브람이라 하지 아니하고 아브라함이라 하리니 이는 내가 너로 열국의 아비가 되게 함이니라

6 내가 너로 심히 번성케 하리니 나라들이 네게로 좇아 일어나며 열왕이 네게로 좇아 나리라

7 내가 내 언약을 나와 너와 네 대대 후손의 사이에 세워서 영원한 언약을 삼고 너와 네 후손의 하나님이 되리라

8 내가 너와 네 후손에게 너의 우거하는 이 땅 곧 가나안 일경으로 주어 영원한 기업이 되게 하고 나는 그들의 하나님이 되리라

 

하나님은 계속해서 아브라함에게 아브라함과 그의 자손들이 하나님의 백성이 되고 하나님이 그들의 하나님이 되게 하시겠다는 약속을 하십니다.

그리고는 아브라함의 첫 번째 ‘씨‘’자손‘인 이삭을 주시지요.

그런데 그 이삭이라는 사람은 도저히 인간의 생식 능력으로는 태어날 수 없는 상황에서 태어납니다.

그 것은 아브라함의 씨, 다른 말로 하나님의 백성들은 인간의 생식 능력이 아닌 하나님의 은혜로만 태어날 수 있는 것임을 암시하는 것입니다.

그래서 창세기 21장 12절에 보면 하나님은 그렇게 하나님의 은혜로 태어나게 된 이삭의 자손만이 아브라함의 자손이라고 말씀을 하시는 것입니다.

그리고는 요셉을 먼저 애굽으로 들여보내시고 이어서 야곱의 열 두 아들과 식솔들 70명을 애굽으로 들여보내십니다.

그리고 하나님의 예언대로 400년간을 애굽에서 종살이를 하게 만드시고 그 곳에서 아브라함의 ‘씨’ 하나님의 백성들을 준비시키시는 것입니다.

이게 창세기 인 것입니다.

그리고 하나님은 모세라는 중보자를 시켜서 그렇게 준비된 백성들을 애굽에서 이끌어 내 오십니다.

물론 모세는 우리의 유일한 중보자이신 예수 그리스도를 상징하는 사람이지요.

하나님은 하나님의 백성들을 애굽에서 끌고 나오시면서 하나님의 백성들이 하나님의 언약 안에서 지켜야 할 규례 들을 주십니다.

하나님의 택하신 백성들은 왕이신 그 분이 명하시는 규례를 다 지켜내야 하기 때문이었습니다.

그것이 바로 시내 산 언약입니다.

 

(출19:3-8)

3 모세가 하나님 앞에 올라가니 여호와께서 산에서 그를 불러 가라사대 너는 이같이 야곱 족속에게 이르고 이스라엘 자손에게 고하라

4 나의 애굽 사람에게 어떻게 행하였음과 내가 어떻게 독수리 날개로 너희를 업어 내게로 인도하였음을 너희가 보았느니라

5 세계가 다 내게 속하였나니 너희가 내 말을 잘 듣고 내 언약을 지키면 너희는 열국 중에서 내 소유가 되겠고

6 너희가 내게 대하여 제사장 나라가 되며 거룩한 백성이 되리라 너는 이 말을 이스라엘 자손에게 고할지니라

7 모세가 와서 백성의 장로들을 불러 여호와께서 자기에게 명하신 그 모든 말씀을 그 앞에 진술하니

8 백성이 일제히 응답하여 가로되 여호와의 명하신 대로 우리가 다 행하리이다 모세가 백성의 말로 여호와께 회보하매

 

하나님께서 ‘너희가 내 말을 잘 듣고 잘 지키면 너희는 내 백성이 되고 나는 너희 하나님이 되리라‘ 하고 말씀하셨습니다.

모세가 그 말을 이스라엘 백성들에게 전했더니 이스라엘 백성들이 ’여호와의 명하신 대로 우리가 다 행 하리이다.‘라고 대답을 했습니다.

하나님의 언약 안에서 일이 착착 진행되어져 가고 있지요?

마치 하나님께서 에덴동산에서 아담을 창조하시고 아담에게 ‘선악과는 먹으면 안 된다.

그러면 네가 영원히 복을 받고 행복하게 살게 될 거야’라고 명령하시는 장면을 보는 것 같지 않습니까?

그런데 여러분도 아시다시피 아담은 그 약속을 지켜내지 못했습니다.

그는 무죄한 사람이었음에도 불구하고 하나님의 명령을 어겼습니다.

하물며 이미 죄인이 되어버린 타락한 인간들은 어땠겠습니까? 타락한 인간들은 절대 그 왕이신 하나님의 규례를 지켜낼 수가 없었습니다.

그런데 여러분이 하나님의 언약의 내용을 보셔서 아시겠지만 그렇게 되면 인간들은 하나님의 백성이 될 수가 없습니다.

그리고 하나님도 그들의 하나님이 되실 수가 없습니다.

그것은 하나님의 약속이기 때문입니다.

하나님은 절대 하나님의 약속을 번복하실 수가 없으십니다.

여러분이 지금 보신 출애굽기 19장에서 24장까지의 내용을 보면 고대 근동의 언약체결에 꼭 필요한 절차가 자세하게 나옵니다.

하나님께서 이스라엘과 언약을 하시는 모습에 이렇게 구체적으로 언약체결 절차를 묘사해 놓은 것은 하나님의 언약은 절대 변개 할 수 없다는 것을 보여주는 것입니다.

 

고대 근동의 언약 체결에 필요한 내용과 절차는 이렇습니다.

먼저 언약 당사자들의 역사적 연관성이 있어야 합니다.

4절에 보면 ‘내가 바로 애굽에서 너희를 이끌어 낸 하나님이다’라고 말씀하십니다.

그게 바로 언약 당사자인 하나님과 이스라엘의 역사적 연관성입니다.

그리고 두 번째가 언약 당사자의 관계 규명입니다.

그게 19장 5절 6절입니다.

세 번째가 그 언약의 중재자가 필요합니다.

그게 7절과 8절입니다.

거기에 중재자로 모세가 등장하지요?

네 번째가 중재자에 의한 언약 당사자의 대면입니다.

그게 19장 9절에서 25절까지의 내용입니다.

이스라엘과 하나님이 만나시지요?

그렇게 언약 당사자가 만나게 되면 거기서 언약 조건이 주어집니다.

그게 바로 출애굽기 20장, 십계명입니다.

그 후에 언약 비준 예식이 필요합니다.

언약이 맺어지는 예식입니다.

그게 24장 3절에서 8절까지의 내용입니다.

6절부터만 읽어보고 갈까요?

 

(출24:6-8)

6 모세가 피를 취하여 반은 여러 양푼에 담고 반은 단에 뿌리고 언약서를 가져 백성에게 낭독하여 들리매 그들이 가로되 여호와의 모든 말씀을 우리가 준행하리이다

8 모세가 그 피를 취하여 백성에게 뿌려 가로되 이는 여호와께서 이 모든 말씀에 대하여 너희와 세우신 언약의 피니라

 

이렇게 언약 비준 예식이 치러지고 맨 마지막에 언약 맺음의 축제가 벌어지게 됩니다.

출애굽기 24장 9절 이하를 보시면 모세와 백성들의 대표인 70인의 장로가 하나님과 함께 먹고 마시는 장면이 나오지요? 이렇게 하나님의 언약 조건들을 인간들이 지켜 내기만 하면 그 가나안 땅은 영원한 잔치가 지속되는 언약의 땅이 될 수 있었던 것입니다.

그런데 그렇게 하나님과 이스라엘이 언약을 체결하였는데 모세가 그 하나님의 언약 조건인 십계명을 받으러 시내 산으로 올라간 사이에 아래에서 또 다른 언약 체결의 잔치가 벌어지고 있었습니다.

잘 보시면 똑같은 언약 체결 절차가 다시 한 번 반복되고 있음을 알 수 있습니다.

 

(출32:4-6)

4 아론이 그들의 손에서 그 고리를 받아 부어서 각도로 새겨 송아지 형상을 만드니 그들이 말하되 이스라엘아 이는 너희를 애굽 땅에서 인도하여 낸 너희 신이로다 하는지라

(조금 전에 출애굽기 19장에서 하나님께서 이스라엘과 언약을 맺으실 때 ‘내가 너희를 애굽에서 건져낸 여호와다’라고 말씀하심으로 언약 당사자의 역사적 연관성을 확인하셨던 부분이 있었지요? 그런데 이스라엘이 금송아지를 만들어 놓고 그 금송아지가 자기들을 애굽에서 건져낸 신이라고 엉뚱한 것과 역사적 연관성을 만들고 있는 것입니다.

다른 말로 지금 이스라엘이 하나님과의 조약이 체결되자마자, 다른 우상과 계약을 맺고 있는 것입니다.

두 당사자가 계약을 체결하기 위해 이미 대면해 있습니다.

금송아지와 이스라엘 백성)

5 아론이 보고 그 앞에 단을 쌓고 이에 공포하여 가로되 내일은 여호와의 절일이니라 하니

(여기도 언약 당사자 간의 중재자가 등장합니다.

누굽니까? 아론입니다)

6 이튿날에 그들이 일찌기 일어나 번제를 드리며 화목제를 드리고 앉아서 먹고 마시며 일어나서 뛰놀더라

(사람들이 금송아지에게 하나님께 드리는 제사를 드립니다.

19장에서 하나님과의 언약 체결 장면에서도 피가 뿌려졌었지요? 언약이 체결된 것입니다.

그리고 언약 체결의 잔치가 벌어지고 있습니다)

 

하나님과의 계약을 체결한 하나님의 백성들이 하나님과의 계약 체결 현장에서 정확하게 같은 절차를 거쳐서 우상인 금송아지와 다시 계약을 맺고 있는 것입니다.

왜냐하면 하나님과의 계약에서는 자신들이 하나님의 아래로 들어가 순종을 해야 하는 부담이 있기 때문입니다.

순종과 낮아짐과 자기 부인과 자기 비움은 죄인들이 가장 싫어하는 것이기 때문입니다.

그러나 말 못하는 금송아지와의 언약 조건은 자기들이 원하는 대로 가져다 붙이면 되기 때문에

인간은 우상을 선택하는 것입니다.

그렇게 타락한 인간은 절대 하나님께 순종하고 하나님을 의지하려고 하지 않습니다.

자기의 유익을 위해 하나님을 힘과 수단과 방법으로만 쓰고 싶은 것입니다.

이스라엘이 하나님과의 계약 체결 현장에서 어떻게 우상을 만드는지 볼까요?

 

(출32:1)

1 백성이 모세가 산에서 내려옴이 더딤을 보고 모여 아론에게 이르러 가로되 일어나라 우리를 인도할 신을 우리를 위하여 만들라 이 모세 곧 우리를 애굽 땅에서 인도하여 낸 사람은 어찌 되었는지 알지 못 함이니라

 

여기에 정확하게 우상의 정체가 나오지요? ‘우리를 위하여 우리를 인도할 신‘ 다른 말로 ’나를 위한 신‘ 그게 바로 우상의 정체입니다.

여러분이 예배당에 와서 여러분의 소원이나 들어주고 여러분의 문제나 해결해 주는 그러한 하나님을 찾고 있다면 여러분은 지금 우상을 섬기고 있는 사람들이지 하나님을 섬기는 사람들이 아닙니다.

여러분이 확실하게 알아두셔야 할 것이 있습니다.

하나님의 자기 백성 만들기는 하나님께서 자기들의 이름을 위하여 사는 자들에게 찾아가셔서 하나님의 이름을 위하여 사는 자들로 만들어 내시는 작업입니다.

 

(엡1:4-6)

4 곧 창세전에 그리스도 안에서 우리를 택하사 우리로 사랑 안에서 그 앞에 거룩하고 흠이 없게 하시려고

5 그 기쁘신 뜻대로 우리를 예정하사 예수 그리스도로 말미암아 자기의 아들들이 되게 하셨으니

6 이는 그의 사랑하시는 자 안에서 우리에게 거저 주시는 바 그의 은혜의 영광을 찬미하게 하려는 것이라

 

그런데 여전히 자기의 자랑과 자기의 힘을 위해서 살아가고 있는 사람은 아직 하나님의 백성이 아닐 가능성이 큰 것입니다.

하나님은 여러분의 이름을 이 땅에서 높이시기 위해 일을 하고 계신 분이 아닙니다.

 

(시23:3)

3 내 영혼을 소생시키시고 자기 이름을 위하여 의의 길로 인도하시는도다

(사43:7)

7 무릇 내 이름으로 일컫는 자 곧 내가 내 영광을 위하여 창조한자를 오게 하라 그들을 내가 지었고 만들었느니라

(겔39:25)

25 그러므로 나 주 여호와가 말하노라 내가 이제 내 거룩한 이름을 위하여 열심을 내어 야곱의 사로잡힌 자를 돌아오게 하며 이스라엘 온 족속에게 긍휼을 베풀지라

 

하나님은 그렇게 자기들의 이름을 위해 우상을 만들어서 ‘이가 우리를 애굽에서 건져낸 하나님’이라 부르며 섬기던 자들을 광야에서 다 죽여 버리십니다.

그리고 새 사람 60만 명을 여호수아라는 사람을 앞세워 가나안으로 들여보내십니다.

그렇게 해서 하나님이 준비하신 가나안 땅에 하나님이 이끌어 내신 하나님의 백성들이 들어갑니다.

이렇게 씨와 땅이 준비된 그 곳에 어떤 것이 보태지면 하나님 나라가 됩니까?

왕만 있으면 하나님 나라가 되지요? 왜 여호수아가 가나안에 들어간 후에 죽으면서 후계자를 지목하지 않았는지 아세요? 이제 이 땅과 이 백성은 하나님을 왕으로 모시고 하나님 나라가 되어야 하기 때문이었습니다.

그런데 그 이스라엘 백성이 어떻게 했습니까?

 

(삿21:25)

25 그 때에 이스라엘에 왕이 없으므로 사람이 각각 그 소견에 옳은 대로 행하였더라

 

하나님께서 그렇게 이스라엘을 이끄셔서 하나님이 준비하신 땅에다 넣어주었더니 그들이 하나님의 다스림을 거절했다는 것입니다.

그게 바로 자기의 이름을 위해, 자신의 자랑을 위해, 자신의 힘을 쌓기 위해 살아가는 타락한 인간의 모습입니다.

하나님은 그러한 자들에게 분노하십니다.

 

(렘7:23-26)

23 오직 내가 이것으로 그들에게 명하여 이르기를 너희는 내 목소리를 들으라 그리하면 나는 너희 하나님이 되겠고 너희는 내 백성이 되리라 너희는 나의 명한 모든 길로 행하라 그리하면 복을 받으리라 하였으나

24 그들이 청종치 아니하며 귀를 기울이지도 아니하고 자기의 악한 마음의 꾀와 강퍅한 대로 행하여 그 등을 내게로 향하고 그 얼굴을 향치 아니하였으며

25 너희 열조가 애굽 땅에서 나온 날부터 오늘까지 내가 내 종 선지자들을 너희에게 보내었으되 부지런히 보내었으나

26 너희가 나를 청종치 아니하며 귀를 기울이지 아니하고 목을 굳게 하여 너희 열조보다 악을 더 행하였느니라

 

하나님은 하나님을 왕 취급하지 않고 하나님의 말씀에 순종치 않으며 오직 자신들의 이름만을 위해 사는 자들에게 대적들의 공격을 허락하십니다.

하나님을 왕 취급하지 않기 때문에 하나님은 그들의 왕으로서 그들을 위해 싸워 주시지 않는 것입니다.

그런데 하나님은 분명 아브라함에게 언약을 하셨습니다.

너의 씨, 너의 자손이 하늘의 별처럼 바다의 모래처럼 많게 될 것이고 그들에게 약속의 땅을 주시겠다고 분명하게 언약을 하셨기 때문에 하나님은 그 언약을 어기실 수가 없습니다.

그러면 이런 질문이 드시겠지요?

‘그런데 왜 하나님은 그 아브라함의 씨, 자손들을 광야에서 다 죽여 버리시고 가나안 땅에서도 자기의 백성들이 대적들의 손에 속수무책으로 죽게 만드셨는가? 그건 하나님이 스스로 언약을 깨버리신 것이 아닌가?‘ 이런 질문 안 드세요? 아닙니다.

하나님은 이미 인간들이 그렇게 하나님의 말씀을 청종치 않고 순종치 않을 것을 아셨습니다.

그러면 하나님께서 아브라함에게 하신 언약 ’네 자손이 하늘의 별처럼 바다의 모래처럼 많게 하시겠다.‘고 하신 그 언약은 어떻게 된 것인가?

 

(갈3:15-16)

15 형제들아 사람의 예대로 말하노니 사람의 언약이라도 정한 후에는 아무나 폐하거나 더하거나 하지 못하느니라

16 이 약속들은 아브라함과 그 자손에게 말씀하신 것인데 여럿을 가리켜 그 자손들이라 하지 아니하시고 오직 하나를 가리켜 네 자손이라 하셨으니 곧 그리스도라

 

하늘의 별보다 바다의 모래보다 더 많은 아브라함의 자손이 누구입니까? 바로 예수 그리스도 한 분입니다.

다른 사람들은 하나님과의 언약 조항을 절대로 지켜낼 수 가 없기 때문에 누구도 그 ‘자손’안에 들어 갈 수가 없습니다.

그래서 하나님은 예수라는 ‘씨’ 안에다가 창세전에 택하신 그 분의 백성들을 모두 집어 넣으셔서 예수 한 사람을 구원하시는 것입니다.

그러니까 ‘너희는 내 백성이 되고 나는 너의 하나님이 되리라’라는 하나님의 언약에서 백성은 누구입니까? 예수 님 한 분만 하나님의 백성입니다.

그 분만이 하나님의 언약 조건을 모두 이행하실 수 있는 분이시기 때문입니다.

그리고 그 유일한 하나님의 백성 안에 들어간 선택받은 자들이 모두 하나님 앞에 ‘예수’로 서게 되는 것입니다.

그게 바로 ‘새 언약’인 것입니다.

여러분이 잘 알아두셔야 할 것이 ‘새 언약’이라는 것은 옛 언약이 실패했기 때문에 또 다른 새로운 언약이 등장했다는 의미에서 ‘새 언약’이 아니라 그 ‘옛 언약’의 진의가 밝혀졌다는 의미에서 ‘새 언약’인 것입니다.

하나님은 처음부터 인간들에게 기대를 하지 않으셨습니다.

창세기 때부터 하나님은 그 분의 백성들을 예수 그리스도 안에서 구원하시기로 결정하셨습니다.

 

(창3:15)

15 내가 너로 여자와 원수가 되게 하고 너의 후손도 여자의 후손과 원수가 되게 하리니 여자의 후손은 네 머리를 상하게 할 것이요 너는 그의 발꿈치를 상하게 할 것이니라 하시고

여기서 ‘여자의 후손’이라고 번역이 된 그 단어도 ‘제라’‘씨’인 것입니다.

하나님은 오직 예수 그리스도라는 그 ‘씨’만이 마귀를 밟고 승리할 것이고 그 ‘씨’ 안에 들어가 있는 자들이 모두 승리자가 될 것이라는 약속을 창세기 3장에서 벌써 하고 계신 것입니다.

그러니까 구약의 모든 사건들과 구약의 모든 역사는 하나님의 그 새 언약이 왜 필연적일 수밖에 없는가를 보여주는 것입니다.

그 전체의 내용을 에스겔서 36장이 이렇게 요약을 해 줍니다.

 

(겔36:22-28)

22 그러므로 너는 이스라엘 족속에게 이르기를 주 여호와의 말씀에 이스라엘 족속아 내가 이렇게 행함은 너희를 위함이 아니요 너희가 들어간 그 열국에서 더럽힌 나의 거룩한 이름을 위함이라

23 열국 가운데서 더럽힘을 받은 이름 곧 너희가 그들 중에서 더럽힌 나의 큰 이름을 내가 거룩하게 할지라 내가 그들의 목전에서 너희로 인하여 나의 거룩함을 나타내리니 열국 사람이 나를 여호와인 줄 알리라 나 주 여호와의 말이니라

24 내가 너희를 열국 중에서 취하여 내고 열국 중에서 모아 데리고 고토에 들어가서

25 맑은 물로 너희에게 뿌려서 너희로 정결케 하되 곧 너희 모든 더러운 것에서와 모든 우상을 섬김에서 너희를 정결케 할 것이며

26 또 새 영을 너희 속에 두고 새 마음을 너희에게 주되 너희 육신에서 굳은 마음을 제하고 부드러운 마음을 줄 것이며

27 또 내 신을 너희 속에 두어 너희로 내 율례를 행하게 하리니 너희가 내 규례를 지켜 행할지라

28 내가 너희 열조에게 준 땅에 너희가 거하여 내 백성이 되고 나는 너희 하나님이 되리라

 

이 구속사를 여러분이 여러분의 인생으로 살아내시는 것입니다.

여러분은 여러분의 인생을 통해 ‘나는 정말 불가능하고 더럽고 추한 자‘라는 것을 깨닫게 되는 것이고 절대 나의 힘으로는 ’너희는 나의 백성이 되고 나는 너희 하나님이 되리라‘ 라는 하나님의 언약의 혜택을 받을 수 없는 자이며, 그럼에도 불구하고 그렇게 불가능한 나를 진정하고 유일한 ’씨‘’자손‘’하나님의 유일한 백성‘인 예수 그리스도 안에 넣으셔서 하나님의 백성 삼으시고 저 영원한 새 하늘과 새 땅으로 인도하셔서 하나님의 언약 속으로 넣어주신 그 하나님만을 찬양하게 되는 것입니다.

그리고 그 동안 그토록 위하고 아꼈던 힘을 추구하던 옛 사람, 육신, 그리고 그 더러운 육신들이 토해 놓은 세상 역사 자체를 부인하고 미워하게 되는 것입니다.

 

(겔36:29-32)

29 내가 너희를 모든 더러운데서 구원하고 곡식으로 풍성하게 하여 기근이 너희에게 임하지 아니하게 할 것이며

30 또 나무의 실과와 밭의 소산을 풍성케 하여 너희로 다시는 기근의 욕을 열국에게 받지 않게 하리니

31 그 때에 너희가 너희 악한 길과 너희 불선한 행위를 기억하고 너희 모든 죄악과 가증한 일을 인하여 스스로 밉게 보리라

32 나 주 여호와가 말하노라 내가 이렇게 행함은 너희를 위함이 아닌 줄을 너희가 알리라 이스라엘 족속아 너희 행위를 인하여 부끄러워하고 한탄할지어다

 

우리는 구원받은 이후에 복음으로 말미암아 폭로되는 역사 속에 젖어 있는 더러운 옛 사람을 미워하고 버리게 되는 것이며 새로움 몸과 새로운 세상을 기대하며 소망하게 되는 것입니다.

천국은 이렇게 지금까지 자신의 힘으로 여기고 있던 하나님 이외의 모든 것을 부인하고 미워하며 오직 하나님만을 의지하고 하나님께만 순종하는 사람들이 모여 사는 곳, 그 곳을 천국이라고 하는 것입니다.

오늘 본문은 바로 그 천국이 완성되는 장면인 것입니다.

그러니까 그 곳에는 찬양만 있는 것입니다.

이제 우리 인생의 목적이 무엇인지 감이 잡히십니까? 우리가 그토록 기대하고 있던 인류의 역사가 어떻게 결론이 날 것인지를 아시겠어요?

그럼 여러분의 오늘을 어떻게 사시겠습니까?